薬害C型肝炎訴訟について | C型肝炎専門ドクター【症状・対策・感染経路・予防・治療に関する情報】

薬害C型肝炎訴訟について

2002年にはじまった薬害C型肝炎訴訟。
2008年1月15日に政府との和解が成立するまでの道のりは、長くつらいものでした。
血液製剤フィブリノゲンが原因で、C型肝炎に感染した人々が、2002年9月に、薬害肝炎被害者の会を結成してから5年。

被害者の会が発足するきっかけとなったのは、2000年8月24日に開催された薬害根絶デーで、ある男子学生が、薬害根絶を訴えたことでした。
彼は、C型肝炎にかかっていることを多くの人に向かって告白し、エイズ以外の薬害問題について語ったのでした。
彼の発言によって、20人の被害者の方が勇気づけられ、「薬害肝炎被害者の会」が結成されたのです。
そのうち16人は、2002年10月21日、東京、大阪の両地方裁判所に集団提訴をおこします。
こうして、薬害C型肝炎訴訟がスタートしたのです。

その後、問題解決にむけて、被害者の方々はおおくの国会議員などに支援を求めました。
行進や集会などの活動を通じて、C型肝炎のおそろしさについて訴えるなど、さまざまな運動が行われました。
治療をうけながらのこのような活動は、わたしたちには想像すらできないほど過酷でつらいものだったことでしょう。

この動きの中で、新たにいくつかの事実が明らかになったのです。
フィブリノゲンによるC型肝炎感染の危険を、国や製薬会社が知っていたこと。
副作用についての報告書が発表されず破棄され、製薬会社の報告した感染者リストが地下倉庫にかくされたままだったことなどです。
このような事実が判明しても、良い方向にはなかなか進みませんでした。
これらを伝えるニュースに、国民の多くは政府に対して不信感をもったことと思います…。

そして、2002年に被害者の会が発足してから5年。
やっと原告の方々と福田首相との面会が実現し、解決の糸口が見え始めたのが2007年12月25日でした。

それから21日後の2008年1月15日にようやく和解が成立。
かといって、もちろんこうして和解したことがすべての終わりではないのです。
まだまだ、たくさんの救済を求めている患者さんたちがいます。
ですから、これからも薬害C型肝炎問題解決への活動は続けていかねばならないものでしょう。

しかし、被害者の会や原告団の方々の、これまでのつらく苦しかった活動が、たくさんのC型肝炎患者のみなさんをはげますことになったのではないでしょうか。

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